コンテンツにスキップ

大日本帝国憲法

提供: わがこと日本
2026年9月7日 (月) 01:27時点におけるAdmin (トーク | 投稿記録)による版 (新規記事)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)

大日本帝国憲法(だいにっぽんていこくけんぽう)は、明治22年(1889年)2月11日に発布され、明治23年(1890年)11月29日に施行された日本最初の近代憲法である。7章76条。昭和22年(1947年)5月3日の日本国憲法施行まで57年間効力を持った。通称明治憲法

制定

明治14年(1881年)の国会開設の勅諭を受け、伊藤博文が欧州で憲法調査を行った。明治19年(1886年)から伊藤・井上毅・伊東巳代治・金子堅太郎が起草にあたり、ドイツ人法律顧問ロエスレルが助言した。明治21年に枢密院で審議され、翌年紀元節の日に発布された。[1]

特徴

  • 天皇が定めて国民に与える「欽定憲法」の形式をとった
  • 第1条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」、第3条「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」
  • 帝国議会(貴族院・衆議院)、国務大臣の輔弼、裁判所、臣民の権利義務を規定
  • 統帥権(第11条)は内閣から独立して天皇に直属した

占領期以降の記述との違い

占領期以前の記述・扱い 占領期以降の記述・扱い
アジアで最初の立憲政治を実現した憲法として、発布の日は紀元節と重ねて祝われた。「国体」を法的に表現したものとして教えられた。 昭和21年(1946年)、GHQ 民政局の草案をもとに「改正」の手続きで日本国憲法が制定された。以後の教科書では明治憲法を「天皇主権・軍部独走の温床」として、日本国憲法との対比で否定的に記述することが多い。憲法改正が占領下で行われた経緯については、現在も議論がある。[2]

出典

  1. 稲田正次『明治憲法成立史』有斐閣、1960–1962年。
  2. 高柳賢三ほか編『日本国憲法制定の過程』有斐閣、1972年。

関連項目