皇国史観
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皇国史観(こうこくしかん)は、日本の歴史を万世一系の天皇による統治の展開として捉え、国体の観念を中心に据える歴史観をいう。昭和期に東京帝国大学教授平泉澄らによって体系化され、国史教育の指導理念となった。この呼称は主として戦後、批判的な意味で用いられている。
内容
記紀神話を歴史の出発点とし、神武天皇の建国から天皇の統治が連綿と続いてきたこと(万世一系)を日本の国体の特質とする。歴史上の人物は皇室への忠誠の観点から評価され、楠木正成や吉野朝(南朝)の忠臣が重視された。明治44年(1911年)の南北朝正閏問題で南朝が正統とされたのもこの立場による。[1]
平泉澄
平泉澄(1895–1984)は中世史を専門とし、昭和10年代に「国史の本義」を説いて陸軍・海軍・文部省の教育に影響を与えた。昭和20年(1945年)8月に東京帝国大学を辞職し、故郷福井の平泉寺に退いた。[2]
占領期以降の記述との違い
| 占領期以前の記述・扱い | 占領期以降の記述・扱い |
|---|---|
| 「皇国史観」という呼称はほとんど用いられず、単に「国史」の正しい見方とされた。国体の本義がその教育上の指針であった。 | 「皇国史観」の語が戦前の歴史教育を批判する用語として定着し、記紀神話を扱う歴史叙述全般が忌避された。戦前の国史学の実証的成果と国体論的な枠組みを区別して評価する研究は、近年進んでいる。 |