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大東亜戦争

提供: わがこと日本
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大東亜戦争(だいとうあせんそう)は、昭和16年(1941年)12月に始まった対米英戦争に対して日本政府が定めた正式呼称である。占領期に GHQ が公文書での使用を禁止し、以後「太平洋戦争」の呼称が一般化した。

呼称の制定

昭和16年12月10日の大本営政府連絡会議で決定され、12月12日に閣議決定・情報局発表がなされた。「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルベキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」とし、支那事変(日中戦争)を含む一連の戦争を一つの名で呼ぶものであった。[1]

使用禁止

昭和20年(1945年)12月15日の神道指令は、「大東亜戦争」「八紘一宇」など「国家神道、軍国主義、過激なる国家主義と切り離し得ない」用語を公文書で使うことを禁じた。GHQ は同時に、連合国側の呼称「太平洋戦争(Pacific War)」を用いた連載記事「太平洋戦争史」を全国紙に掲載させた。[2]

占領期以降の記述との違い

占領期以前の記述・扱い 占領期以降の記述・扱い
「大東亜戦争」が唯一の公式名称であり、教科書・新聞・公文書で用いられた。名称は「大東亜共栄圏の建設」という戦争目的を含意した。 「太平洋戦争」が教科書・報道の標準となった。この語は日米間の戦争を主とする視点であり、日中戦争や東南アジア戦線との連続性が名称上は見えにくくなった。「大東亜戦争」の語は現在も法令上は禁止されていないが、公的な場ではほとんど用いられない。

出典

  1. 『官報』昭和16年12月13日、情報局発表。
  2. 江藤淳『閉された言語空間』文藝春秋、1989年。

関連項目