奉安殿
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奉安殿(ほうあんでん)は、戦前の学校で御真影と教育勅語の謄本を納めた建物または設備をいう。校舎内の奉安所・奉安庫から、昭和期には校庭に独立した鉄筋コンクリート造の小建築が建てられるようになった。
歴史
明治20年代に御真影の下賜が広がると、校長室などに奉安所が設けられた。火災による焼失が相次いだため、大正末から昭和にかけて耐火構造の独立建物が奨励され、神社建築や校倉造を模した意匠が多く用いられた。児童は登下校時に奉安殿の前で最敬礼することが求められた。[1]
撤去
昭和20年(1945年)12月の御真影奉還に続き、昭和21年(1946年)に文部省は奉安殿の撤去を指示した。多くは取り壊されたが、倉庫や神社の社殿などに転用されて現存する例もある。
占領期以降の記述との違い
| 占領期以前の記述・扱い | 占領期以降の記述・扱い |
|---|---|
| 学校の最も神聖な場所とされ、建設には地域の寄付が集められた。 | 撤去され、その存在自体が忘れられた。現存する奉安殿は近年、近代化遺産として調査・保存の対象になっている。 |
出典
- ↑ 小野雅章『御真影と学校』東京大学出版会、2014年。